神道・火之御子社

  神道
宝光社の境内(御神輿蔵の横)から森の中を抜けて中社の鳥居脇まで通じる山道を【神道(かんみち)といいます。

この先はアスファルトではなく完全な山道となりますので、履物にご注意ください。神様の通り道であっても不思議ではない雰囲気ですが、昼間でも薄暗いので通る時間や、時期をみて御判断ください。
途中から右の道に入って火之御子社へ、さらに中社前の大門通の坂を登れば左右に商店や昔の院坊であった旅館が建ち並びます。

  小鳥の声記念碑


昭和8年(1933)、NHK長野放送局が日本で初めてここから野鳥の鳴き声を全国に中継しました。これが戸隠が野鳥の宝庫であることが全国に知られるきっかけになったのです。

これを記念して「NHK小鳥の声放送記念碑」が伏拝所の隣に建っています。

碑の反対側にある右に入る小道は野鳥の観察道になっており、戸隠バードラインから続く自動車道に抜けることができます。

  伏拝所碑

戸隠神社への参拝者のうち、坂を登れない老人や、女人禁制で奥院に参詣できない女性たちが、ここで戸隠山や奥院を遥かに望んで”伏し拝んだ”ところだといわれています。

もともと奥院から地蔵菩薩の御正躰が飛んできて、女の子にのりうつり、「女人禁制で奥院に参詣できない女性のためにここから奥院を拝むように」と人々に告げた場所だと伝わります。
昔はここから奥院が見えたそうですが、今は木が生い茂っており望むことはできません。

  火之御子社

舞楽・芸能・結縁の神を祀る火之御子社は、明治17年の再建、平成17年に修復を終えました。

御祭神は
天鈿女命(あめのうずめのみこと)で、天の岩屋に隠れた天照大神を誘い出すため岩戸の前で踊った神様です。

神仏習合時代、他の四院は僧が奉仕していましたが、火之御子社は栗田家の神職が奉仕し、徳川家康から戸隠に与えられた千石のうち二百石をもらっていました。

  二本杉(夫婦杉)


社殿左奥に二本杉がそびえており、結びの杉、夫婦杉などと呼ばれています。

戸隠神社の杉は奧社の杉並木が有名ですが、宝光社の階段脇の杉や中社には三本杉があり、階段上の中社本殿前の杉も素晴らしいものです。


 西行桜(稚児桜)

平安時代から鎌倉時代初期の歌人・西行が火之御子社まで来ると、桜の木の下で遊んでいた子供たちが西行を見て、するすると桜の木に登ってしまいます。西行が
  さるちごと見るよりはやく木にのぼる
  (猿の子どものように見えたが、
   本当にすばやく木に登ることだ)
と、声をかけました。すると
  犬のようなる法師来れば
  (猿とは仲の悪い犬のような法師が来たからさ)
と答えました。西行はこれはただ者ではない、このまま戸隠に上ってはまずいと参詣を控えたのとことです。「善光寺道名所図会」より



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